あまり幼稚園に関係ないこと書きます


■詐欺にご用心!

そもそも世界中に日本ほど安全な国はなく、この安全さに危険察知の感覚を鈍感にしている日本人は、外国旅行をしているとしばしば犯罪に巻き込まれる危険があることを、旅行にでかける人は心しなくてはいけない…と、政府からも、旅行会社からも勧告されます。
我が人生を振り返ってみれば、そもそも不注意で、安全に無神経な僕なんか、若いうちからかなり危ない地域を歩いたり、怪しげなかたとお仕事上でおつきあいしたこともありますから、何度か欺されたり、危険な目にあっていてもよさそうなものなんですが、どうしたわけか、ラッキーだったのか、ほとんどこうした目にあわずに来ました。って、友だちに不思議がって言ったら、友だちが「おまえは欺されるより、欺す方のタイプに見えるね」なんて宣言されて、「えっ?そんなことないっしょ。こんな善良そうな僕が」と苦情をもらしたことがありましたっけ。
危険なものには危険な香りがあって、僕にはその香りを察知して近づかない能力があるんだなんて、勝手な理屈をこじつけて、変な自信を持っています。

今までのそれらしき経験と言ったら、学生時代に、インドのデリー旧市街の街角のもぐりの両替屋に手品のような見事な札裁きで、50US$を両替したら、気づいたら半分くらいにすり替えられていて、あまりに見事な手品に感心したことが1回。
香港で、日本に来週から遊びに行くので、情報を教えてほしいと親しげに英語で話しかけてきたやつ。こういうやつが怪しいんですよ。まるで何年来のお友達のように飲み屋へ連れて行かれ、ちゃっかりビールをおごらされて、最後に、友達だから金を貸してほしいと頼まれ、「おっ、やっぱりそう来たか」と断ったことが1回。
あと、アメリカのぼったくりのバーで法外な請求されて、文句言ったら用心棒が出てきて、猛ダッシュで逃げたこと1回。あれは結構怖かったかな。もしかして後ろから撃たれるかと思った。
って、思い出してみれば、結構やばいことあったみたいですね。くわばらくわばら!変な自信を持たないで、危険には近づかないのが一番!

■洋式トイレのふたって何のためにあるの?

みなさんのご家庭にあるトイレってふたついていますか?あれって使用後必ず閉めるものなんでしょうか?それに一体なんの目的でついてるんでしょう?
私の家のトイレにはふたがついていますけど、家族一同閉じたことありません。以前に疑問に思って洋式トイレの本家アメリカ人に尋ねたことがありますが、アメリカ人は基本的にあれは閉めないのが習慣だそうです。公衆トイレで、もしふたが閉まっていると、その便器は故障していると思って、みんな使用をやめてしまうんだそうです。
ちょっと気にして、友人や娘たちの友だち、いろんな人に尋ねてみたところ、案外几帳面に閉める人が多いんですよね。日本人って几帳面だから、使用した後きちっとしておかないと気が済まないんでしょう。それはとてもいいことだと思うんだけど、でもトイレのふたって別に閉める必要がないような気がします。
先日娘のアパートに友達が遊びに来て、トイレを使用したら、そのたびにきちんとふたが閉まっていてびっくりしたって言っていましたから、家庭によって習慣が違うんでしょうね。

で、ここからは僕の推測です。僕の子供の頃はほとんどくみ取り式の和式トイレで、便器の下はそのまま便漕でした。この頃は便器にふたがかぶせてあって、使用する前にはずし、使用後はふたたびこれをかぶせておくってなことをやっていた記憶があります。こうしないととてもじゃないけど、匂いがあがってきてひどいことになったからでしょう。
たぶんこの頃のなごりで、洋式の水洗トイレになっても、相変わらずきちっとふたを閉める習慣が残っているのかもしれません。

幼稚園のトイレでは、子供用の洋式便器にはふたはつけてありません。おとな用の便器にはもちろんふたがついています。今チェックしてみたら、便器の横に先生が「使用後はふたを閉めてください!」って張り紙をしてありました。今まで気づかなかったけど、先生たちの中にも几帳面な人がいるんだなぁ!

さて、この件については後日談があります。このことをここに書いたら、すぐにメールをいただきました。
曰く「現在の日本のトイレには温熱機が付いていていつ来ても便座が冷やりとしないように暖め続けています。この消費電力が馬鹿にならず、地球温暖化防止、省エネルギーの観点から、トイレのふたを閉めることは重要課題なんだそうです。ふたを閉めておくだけで、保温効果が高く、待機消費電力がかなり減るとのことでした。
なーーんだ、そういうことか!そういうことでしたら、僕も勤めて便座のふたをしめることにしましょう。
とか言って、あれっ?今日も忘れてしまったぞ!小さい頃から付いた習慣ってのはそう簡単になおるものではありませんね。気をつけます。

■ゲームをやると「ゲーム脳」になるの?

2月上旬に町田市で開かれた私立幼稚園協会主催講演会に、森昭雄・日本大教授(脳神経科学)が招かれて、講演を行いました。僕は直接講演に参加できませんでしたが伝えられた内容によると、いつもの通り内容はとても刺激に満ちていて、いわく
「15年間、ゲームを毎日7時間やってきた大学生は無表情で、約束が100%守れない」「ゲームは慣れてくると大脳の前頭前野をほとんど使わない。前頭前野が発達しないとすぐキレる」 というような内容のようでした。

この方のいわゆる「ゲーム脳」説は2002年に大変に話題になり、僕も参考の為、話題になった著書2冊ほど読みましたが、とても独断的で、十分な科学的な検証にもとずいたものとは思えないものでした。森教授の説によれば、テレビゲームをしている時には脳波の中のベータ波が低下し、認知症に似た状態になり、その状態が続くと前頭前野の機能が衰えると警告しています。
こうした単純明快なストーリーはマスコミに乗って広がり、暴力的な描写に眉(まゆ)をひそめる教育関係者や、ゲームをやめさせたい親に支持されました。

確かにいまだに社会に、ゲームのやり過ぎを心配する親の不安がうずまいています。暴力的なゲームや性的なゲームにひたる子供たちの将来を心配する不安があるところに、科学者であるかたのこうした主張はとても説得力を持っていました。「ゲーム脳」という言葉が既に一般に通じる単語として認められています。
もし自分の息子がゲームをやりすぎて、「すぐにきれる子になったらどうしよう?」「ゲームばっかりやっていて外へ出ないけど、いずれ性犯罪でもおこしたらどうしよう?」という不安にうまく乗ったのです。

部分的にはゲームが与える弊害というのは確かにあります。しかし、これはどんなメディアでも必ず普及する段階では必ず生まれる問題であって、現にテレビも僕の子供の頃は「見せすぎると頭が悪くなる。」「くだらない番組を排除しろ」と激しいパッシングに会っていました。
コミックについても、「漫画はくだらないから子供に読ませるべきではない」「漫画には暴力的や性的な表現が多すぎる」などと同じようなパッシングにあっていました。

問題はそのメディアそのものにあるのではなく、その活用法にあるのだと思います。テレビだって長時間見続ければ眼が悪くなるし、一日中つけっぱなしすれば、注意力が散漫になります。読書にしたって、悪い姿勢十分な照明もない場所で長い時間続ければ確実に視力が落ちてきます。あまり読書に懲りすぎれば、運動量も減り健康を害することもあります。僕もこのところにネット中毒で、かなり視力が悪化してきたような気がします。(老眼かな?)

「ゲーム脳」説はニセ科学だとする専門家の批判はとても強く、メディアで派手にとりあげられ社会的にブームをおこした割には、学者の間では問題外ととらえられています。

 森教授の説を見て問題とされる点がいくつかあります。

 森教授は一般向けの本や講演を通して仮説を広めてきました。ところが本来、仮説は他の科学者が同じ条件で試すことで初めて科学的な検証を受けるものです。その材料となる森教授による研究論文が5年経ったいまだに発表されていません。つまり学会にはその仮説を発表せずに、一般向けの本にのみ刺激的な表現で啓蒙活動を行っているところに問題があります。

 また森教授の仮説の裏付ける手法にも批判があります。森教授は自ら開発した簡易型脳波計による計測で仮説を組み立てていますが、複雑で繊細な脳機能をそんな簡単な手法でとらえるのは不可能、というのが専門家の共通した見方です。

 最近になって森教授は「ゲームは絶対にいけないもの」との主張を「1日15分なら大丈夫。共存も考えなければ」と変えています。こうした一貫性のなさには不審を抱かざるをえません。

そんなわけで、このところ「ゲーム脳」ブームは収まってきたかのように感じていたのですが、幼稚園の協会が親向けの講演会に招いて講演をしていただいたという点には大いに疑問をいだきましたので、ここに記したくなりました。

教育とはブームで行うものではなく、ちゃんとした科学的な基本に基づいて行うものだと思います。確かに「ゲーム脳」という言葉は刺激的で、ある意味「ゲームのやり過ぎ」に対する危険を親に啓蒙したという点では効果があったと思います。
しかし、問題なのはこれがあたかも、科学的な実験に基づいた原理であるかのようにとらえられたことなんです。
いわんや幼稚園という教育現場が、こうした一時的な社会的ブームに乗って、あちらこちらと教育方針をフラフラさせることは、決してあってはならないことだと思っています。
「あるある」の納豆ダイエットにしたところで、これがバラエティー番組のなかの、おもしろコーナーで取り扱ったならば、何も問題がなかったわけです。
あたかも、科学的な実験に基づいた事実であるように番組を作ったために、こんな大問題になったわけです。
ダイエットよりも、もっともっと大事な幼児教育の場所に、こうした不確かなものを持ち込むことは決してあってはならないことです。

ゲームのやり過ぎによる弊害を論じるなら、もっと現実的に、ゲームの質・内容とか、やる時間を考え、年齢に応じた活用の仕方を科学的に考えていくべきでしょう。

■歳をとってから無性に食べたくなるもの

近頃はシルバーエージの海外移住が盛んのようで、定年を迎えた夫婦が物価の安い国に移住して余生を暮らすというパターンを良く耳にします。迎える国にとっては年金を持った人間がそのお金を定期的に自国に運んでくれるわけですから、おおよその国は大歓迎。シルバービザなどという特例扱いのビザを発行してくれる国もあります。
移住先で多いのは、ハワイ、オーストラリア、ヨーロッパなどの西欧圏。物価の安さからしたら、文句なく東南アジアです。私がよく訪れるタイでも、こういったパターンのご夫婦をよく見かけます。
歳をとってから移住するわけですから、一番の問題は医療制度。費用は保険でカバーするとしても、医療水準がある程度整っていなければ、日本に居れば治る病気も致命傷になってしまうなんてことになったら元も子もありませんね。もうひとつの大問題は、食べ物。移住してしばらくのうちは、その土地の食べ物に慣れようとするのですが、歳を重ねるに従って結局自国の食べ物が食べられないと、ホームシックを起こして、このもくろみは破綻します。

日本人が歳をとって食べたくなるものと言えば、間違いなく日本食。近頃は日本食ブームでどこの国に行っても、それなりの日本食は食べることができますが、やっぱりどこか違うらしいのですね。

さてそこで問題。年齢を重ねてどうしても食べたくなる食べ物というのは、実は幼児期に決定されるらしいのです。例えば日本人であっても、お父さんの仕事の都合などで幼児期をアメリカで過ごすと、無性に食べたくなるのはサンドウィッチだったり、アメリカの隣のおばちゃんが焼いてくれたパイだったりするのだそうです。
確かに、韓国の方が海外に旅行すると、何がなんでも定期的にキムチが食べたくなるそうですし、中国のかたが海外旅行をすると、その国で中華レストランに行ったりしています。酸っぱ辛・甘3拍子のタイ料理をこよなく愛すタイ人は、「よその国の料理はおいしくないね!」などと言っています。
日本人が多いワイキキの通りには、ラーメン屋やら和食堂が軒を連ねています。若い人だって、1週間たらずの海外旅行で、もう日本食を食べずにはいられなくなるようです。

幸い僕は、長い間海外を旅行していても、まったく日本食が恋しくなることはありませんでした。学生時代に2ヶ月あまり、毎日カレーばかりの生活をしていてもそれはそれでおいしく食べることができました。ただ近頃、確かに海外に出かけて日本に帰ってくると、知らず知らずにおいしくってたくさん食べ過ぎてしまっている自分に気づきました。食べ物の順応性は自信があったのですが、やっぱり日本食症候群は私にも襲いかかってくるのですかね?

もうひとつ気になるのは、子どもたちの食事です。時々すさまじい偏食をしている子供の話を聞きます。ほとんどお菓子やスナックばかりで生きているという子供や、「小さいときはアイスクリームとチョコレートしか食べなかったよ!」なんてことを話す女子大生。おおかたコンビニ弁当で夕食はすませるなんて家庭の話を聞いていると、
「将来この子どもたちにとっての自国料理ってのは一体どうなっちまうんだろう?」と心配になります。歳をとって死ぬ間際に
「どーしても、ローソンのコンビニ弁当が食べたいよー!」なんて年寄りが出てきたら恐ろしい!!

■TVコマーシャルの後の番組内容プレイバック

僕はあまり普段TVを見ないんですが、この頃たまに見るととても気になることがあります。それは、コマーシャルの後、既に放映している部分をダブって繰り返して映すこと。以前にも少しだけ巻き戻して繰り返すことはあったように思うんですが、だんだんエスカレートして、場合によったら30秒近くも同じ画面を見せられることがあります。人間って忘れっぽいので、確かに話のつながり上、少しだけ巻き戻しってのはしょうがないと思うんですが、近頃のはかなり度を超してかなり前の部分まで巻き戻して、繰り返し見せられます。まさか、制作費用を浮かせるために、こうしてるってこともないんでしょうが、こんなに繰り返す必然性は感じられません。
ドラマなんかだとこういうことないし、勿論ニュースやスポーツもんではまったく見かけませんから、だいたいクイズ物の正解をコマーシャル後ってパターンの時に多い気がします。
どうしてこんなことするんですかねぇ?これ見せられると腹が立って、
「お前視聴者を馬鹿にしてるのか?」ってその先見る気がしなくなります。
それで、スイッチを切ればいいんですが、家族は見ているんで、しかたなくひとりだけ居間を後にします。おかげさまで、ますますTVから足が遠のくようになってきました。
みなさんどう思ってるんですかね?

こんなページ読む人、更にいねーーよ!と思いながら、それでもこの先書き続けます

■食べ物の賞味期限について

この頃の食品には賞味期限が厳しく書いてあって、簡単には痛みそうにもないようなお菓子類にも包装のビニールにいちいちプリントしてあります。みんなこれを確認するのがくせになっているようで、先生達も口にする前に何気なくこれを確認しているのを目にします。腐ってしまってカビが生えそうなものを誤って口にすることは防げるわけです。食中毒の被害も未然に防げるのは勿論です。
ただこれに頼り切っていると、一番重要な自分の味覚で危険な食べ物を避ける能力が失われるような気がするんですよね。また、食べるのに何も問題ないようなものが、この賞味期限のおかけでほんの1−2日の差で捨てられるはめになってもいます。
僕は自分の舌を信じることにしていますので、この期限を見たことがありません。そのために、酸っぱくなっている牛乳を口に含んだ途端にあわててはき出したこともありますし、クッキーをかじったとたんにカビくささを感じてティッシュにくるんだこともあります。実際は間に合わずにちょっと飲んでしまう場合もあります。結果はちょっとお腹をこわしたぐらいで大したことはありませんでした。こんなのは他人には勧められませんし、僕だってお客さんに出すお菓子の賞味期限は気をつけるようにしています。ぜったいに子どもたちには食べさせられません。
でも、世界一清潔好きな日本人が更に神経をとがらして、「賞味期限!賞味期限!」とやっているのを見ると、日本人のくせにへそまがりな僕はつい反抗したくなってしまいます。(ただの「汚やじ」かな?)


こんなページ読む人、更にいねーーよ!と思いながら、それでもこの先書き続けます

 
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