滝澤先生に聞いてみたかった!
第2弾


園長が保育園や幼稚園の先生がたの講習会で、
日本の発達心理学の権威でいらっしゃる滝澤先生に
スタートシリーズやファーストシリーズなどの教材について
質問した内容と先生の返答をまとめました。

今回はシリーズ第2弾、若干以前の質問にダブる部分もあるかとも思いますが、
もう少し掘り下げて先生にお尋ねしました。

もくじ

1 教材開発の視点
Q1 Q2 Q3

2 教材を巡る指導法
Q4 Q5 Q6

3 教材に対する幼児の反応
Q7

4 教材を媒介とした学習と実体験による学習
Q8

5 知的早教育のための教材とピアジェ理論に基ずく教材
Q9 Q10

6 教育課程における教材の位置づけ
Q11

1 教材開発の視点

Q1
ピアジェの認知発達理論のうち「子どもと環境との相互作用(発達の相互作用説)」を重視して、教材が開発されたというようにお聞きしましたが、かなり難しい言葉がならんで理解しずらいと思うんですが、そのところを少しかみ砕いて、私たちでも解るようにお話しいただけないでしょうか?
A子どもの発達は、自然成熟だけで進行するものでもなければ、外側からの教授や反復訓練だけで進行するものでもありません。発達のもっとも重要な要因は、子ども自身が環境に働きかける能動的活動であり、その活動に応答する環境です。子どもは環境からのそういう応答に応じて、その活動をさらに発展させていきながら、発達を進めていきます。したがって環境のあり方が、子どもの発達に大きく関わっているわけなのです。 教材はその環境の一つにほかならないので、それは子どもを能動的活動に誘い、その活動に応える特性を持っていなければなりません。この点で、単純で純粋な教材から出発して、次第に複雑で高度に秩序づけられた教材へと移行していくような順序をたどらせるよりも、子どもにとって身近な具体的内容を持つ教材を、提供することが必要です。子どもの思考は生きた意味を持つ日常的世界に対して、いっそう能動的にはたらくからです。

Q2
「教材は、幼稚園の子どもたちの生活における環境のひとつであり」、しかも、「やさしい教材から難しい教材へ移行する順序はあまり意味がない」ということですが、このあたりが普通私たちが考えることと違ってくると思うんですが?
A単純な教材はやさしく、複雑な教材は難しいと言うのは、大人の論理で、子どもにとっては単純・複雑と難易とは一致しません。これは言葉を覚えるときを見てもわかります。「動物」という言葉は、植物以外の運動する生き物を指すわけですから、とても単純で使いやすい言葉のはずです。しかし子どもはそれよりも先に、「犬」という言葉をおぼえます。犬という概念には、ほかの動物と違ったかなり多くの特徴があり、その複雑な特徴を知っていなければ、この言葉を使いこなせないはずですが、子どもは早くから犬という言葉を使いこなします。これは、犬という言葉が使用頻度が高く、かつ犬が身近に接することができる存在だからです。幼児とってやさしい教材とは、そういう日常的内容を持つ教材なのです。だからこの見地から、教材の順序性を考えていくことが必要なのです。

Q3
教材が園生活における環境のひとつだとしたら、では、教師はこの教材を使用する時にどう関わっていったらいいのでしょうか?
A教師は、幼児が教材を身近なものと感じ、遊ぶときと同じ気持ちで教材に接するように導いてあげることが大切です。そのためには、教師は知識や正答をすぐに教えるのではなく、子どもと一緒に遊ぶときのように、子どもの仲間に加わり、子どもと同じ立場に立って、共に考え、共に感動しつつ、関わり合うことが必要です。もちろん、子どもができないこと、知らないこと、分からないことなどにぶつかったら、おとなとして介入してやらなければならない場合も出てくるでしょう。しかし直接教えることはできるだけ避けて、子どもが自分で行動したり判断したりする手がかりとなるような助言にとどめます。このように教師は、子どもをただ観察するのではなく、子どもと同じレベルに立って、その能動的活動を援助する役割を担っています。

 教材を巡る指導法

Q4
正解をうまく答えられない子がいたり、正解を出せない子がいると、つい先生は正しい答えを教えたくなると思うんですが、これはだめなんですか?
Aピアジェによれば、子どもは外から与えられた正しい知識を受入れながら発達していくのではなくて、自分自身で模索しつつ、能動的に知識を創りあげていくことによって発達します。事実、子どもの誤答に対して外からそれを指摘して訂正させても、それによって得た知識は不安定のままです。身に付いた知識は、子どもが自分の犯した誤りに自ら気づき、自ら修正することによってのみ得られるものだからです。 ただ普通、その誤りを一度訂正したぐらいでは、すぐに安定した知識にはならず、再び間違えることが少なくないでしょう。しかしこの連続的に、誤りを犯しては引き続き自己修正する模索活動こそ、安定した知識に至る道ですし、思考の発達にも貢献することとなります。逆に誤りを避けることは、子どもの思考を働かせることにはならないわけですから、その発達を妨げてしまうでしょう。 教材の使用に当たって、子どもが間違った考えを提出した時に、その誤りを避けることなく、もっとよい解決へと取り組ませ続け、子どもがより適切な知識を自分で構成していくよう励ましてやることが必要です。

Q5
それでは、できない子にヒントを与えるとか、誤りを指摘するとかいうこともまずいんでしょうか?
A子どもの犯した誤りに対しては、教師が直接指摘するのではなく、別の解答があることをほかの友達に提出させて、どれが正しいか、なぜか等を考えるように誘うことが必要です。みんなで考えを出し合って、話し合うのもいいでしょう。そういう過程で、子どもは考える経験を積み、その思考力を伸ばしていきます。このばあい、教師が子どもの考えを発展させるためのヒントや助言を与えることは、むしろ、よい刺激となるでしょう。

Q6
つまり、やさしすぎる課題ではすぐ飽きてしまい、難しすぎる課題ではいやになってしまう。悩みながら自分で解決できる課題が有効なのだということですか?
Aその通りです。今はできないけれども、努力すればできる課題に、子どもは挑戦したがるものです。そしてそれに成功したときは、とてもうれしいものです。この成功に対して、教師や仲間からいち早く認められ、ほめられるなら、その子の味わった成就感は、自信となり、やる気が一層高まります。逆に、失敗ばかり続いたり、成功しても教師や仲間から無視されたりけなされたりするなら、自信がなくなって無気力になり、今までできたやさしい課題でさえ、できなくなってしまいます。

3 教材に対する幼児の反応

Q7
先日、ファーストシリーズを使用しているある幼稚園で、うちの幼稚園の子たちはこの程度のものはすぐにできてしまうので、飽きてしまう。もっと難しいものを用意して欲しいという意見を聞きましたが、教材の目的が、できるとかできないではないということなんですね!
Aそうです。ピアジェの教材は、知識の獲得をねらっているのではなく、思考力の発達をめざしています。確かに、数や言葉をたくさん知っている子どもは、課題に正しく答えられるでしょう。しかしそれらの解答には、解答の理由を深く考えずに、機械的に解いたものが多いようです。だから正解を出した子どもでも、その理由を聞くと答えられない子どもが少なくないでしょう。 しかしピアジェの教材は、仲間と関わり合いつつ集団で思考する点に特色があります。ここでは教えたり教えられたりする活動が、いつも伴います。仲間の意見に反論したり、理由を説明したりして、活動が展開します。その過程で子どもの思考が活発に働き、この経験の積み重ねによって、子どもの思考力が発達していくこととなります。ここに教材の真のねらいがあるのです。

4 教材を媒介とした学習と実体験による学習

Q8
子どもの身近な環境にある具体物を通した経験が思考発達に有効であると言うことなんですが、それならもっと具体的な身近な動物や草木虫などが教材よりもっと有効とも考えられませんか?
A教材を媒介とした学習と実体験による学習とは、いずれも子どもの積極的な具体的活動を通して学ぶという点で、共通性がありますが、それぞれのねらいが異なっています。前者は日常生活や想像上の世界を題材に取り、発達段階に相応した活動の素材を操作することによって、論理的思考や創造的思考を発達させることをねらっています。一方後者は、子どもが野外で全身を使って自然物と関わり、自然物についての知識を実感として学び取る活動です。だから、両方とも子どもの発達には欠かすことのできない活動です。教育課程にはバランスが必要であって、いずれか一方に片寄るのは望ましくありません。ピアジェも、ルソ−の自然主義教育の理念をきわめて高く評価して、子どもが自然の中で活動することの大切さをとくに強調しています。

5 知的早教育のための教材とピアジェ理論に基ずく教材

Q9
こうした教材と対照的に、すばやく計算をさせたり、私たちが聞いたこともない地名や国名を覚えさせたり、おとなでも読めない漢字を覚えさせる教材もあります。私も実際に参考に見せていただいたこともありますし、実際子どもたちは驚く程よくこうしたものを覚えることができるんですが、こうした教材も有効なのでしょうか?
A確かに、子どもの記憶力はすばらしく、どんなことでもたちまちに覚えてしまいます。しかしこの時期の記憶は非常に不安定で、その知識を日常生活の中でくり返し使っていない限り、すぐに忘れてしまうものなのです。とくに嫌々受け身的に覚えた事柄は、忘れ方が激しいようです。知的早教育のための教材で学んでも、小学校に入ってからその知識がほとんど役立たないのは、そのためです。 一方、ピアジェ理論に基ずく教材は、子どもが具体物を巡って積極的に思考を働かせる操作活動から成ります。そのめざすものは、子どもに知識を獲得させることではなく、こどもの思考力を発達させることです。つまり、幼児期にふさわしい思考構造を十分に確立させ、それが小学生期の思考構造の発達の基礎となるよう耕しておくことをねらっています。だからこの教材で教育を受けた子どもは、小学生になったときに、その時期にふさわしい思考力を駆使することができ、同時にそれが次の段階(青年期)の思考構造の発達の準備として、有利に働くこととなるでしょう。

Q10
しかし現実的には、例えば小学校で習うかけ算の九九とか科学の定義とか漢字とか、地理の地名とかいうように、理解せずにただ覚えなければいけないような課題もあるわけですが、このような場合はどうなんでしょうか?
Aこれらは、学校教育の教科内容として重視されている基礎基本に関わる事項であり、幼児教育でその基礎基本にあたるものは何かという問題に関わり、これから十分に検討するべき課題でしょう。しかし、幼児期に身に付けておかなければならない技能があることは確かです。このことはピアジェも「成功と理解」という著作の中で指摘しています。ピアジェによれば、子どもの行動が習熟していく際、その行動が「できる」ようになるのが先で、行動の仕方が「わかる」ようになるのは、ずっと後のことだというのです。できるという経験を十分に積み重ねるとき、「なぜできるのだろうか」「もっとよいやり方はないだろうか」という疑問が出てきて、できるようになった方法や、原因、理由などを吟味しようとします。こうして、その行動の意味を理解するようになるわけなのです。 だからピアジェ理論によれば、たくさんの知識や技能を、つぎつぎと子どもに覚えさせるべきではなく、習熟させるべき知識や技能を精選して、それを徹底的に学習させたり、日常生活の中で使用したりすることが必要なのです。そういう経験を豊かに積むと、かならずそれらについて振り返って考える時が来ます。その結果、初めてその知識や技能を納得的に理解することができ、それらが確実に定着することとなるのです。

6 教育課程における教材の位置づけ

Q11
幼稚園の生活は行事などがあるととても忙しくなります。こうした日常の中で、これらの教材を使用していく上で先生からお願いしたいこととかありますか?
Aこれらの教材の特徴は、こま切れ的な時間で済ませるべきものではなく、子どもがじっくり考えたり、操作したり、話し合ったりするたっぷりとした時間を必要とします。時間が少なくて慌ただしいときには、先を急ぐあまり子どもが試行錯誤をするのが無駄に見え、子どもの多様な考え方を無視して、つい正解を早く教えてしまいがちになるからです。それだけに行事などに振り回されないように、年間計画をしっかり立てて、教材利用の時間を確保することが必要です。また教材によっては、子どもが自分たちで自由に操作できるものもありますから、そういう教材については、自由時間にこれらを使って遊べるような環境を作るなどして、子どもが教材に心行くまで取り組めるようにしてあげて下さい。


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